創業の精神を推し進め、「道徳と経済の両立」をさらなる高みへ
東京建物は1896年(明治29年)の、不動産取引がまだ十分に整備されていない時代に、すべての人が安心して不動産取引ができるように、「お客様第一の精神」と「進取の精神」という理念をもって旧安田財閥の創始者・安田善次郎によって設立されました。日本で最も歴史ある総合不動産会社であり、その創業には近代日本資本主義の父である渋沢栄一も深くかかわりました。当社グループは、安田、渋沢をはじめとする多くの起業家たちの「道徳と経済は両立させることができる」という志を色濃く受け継ぎ、常に時代の要請に応え、人々の安全・安心な暮らしや豊かな社会の実現に貢献することを旨としながら事業の歴史を積み重ねてきましたが、近年世界が抱える課題や国際情勢を見ると、その精神は現在のような混迷の時代にこそ求められるものだと思い知らされます。
2020年、当社グループは長期ビジョン「次世代デベロッパーへ」を掲げ、この「道徳と経済の両立」をさらに推し進め、「社会課題の解決」と「企業としての成長」をより高い次元で両立させることで、すべてのステークホルダーにバランスよく配慮を尽くす「いい会社」を目指すと宣言しました。私たちが「デベロッパー」という言葉に込めたのは、単に不動産を開発する(ハード)ということだけではなく、その不動産において当社グループが手掛ける様々なお客様へのサービスの提供(ソフト)を通じて、コミュニティをより豊かに発展させ、高めていくということであり、グループの力を結集し、まちづくりをハードとソフトの両面からデベロップ(進展)させる存在になる、という決意です。ハード面では、革新的なアイデアを追求し、働く場所や住む場所、憩う場所など、人々が豊かに過ごせる「場」を生み出し、その「場」をソフト面からも支えることで、顧客体験価値を創出し、人々の心豊かな暮らしに貢献することが、私たちの最大の社会的価値であり、存在意義であると考えています。そして、その積み重ねこそが当社の企業理念「信頼を未来へ」につながる「世紀を超えた信頼」をつくると信じています。
アフターコロナのライフスタイルを捉え、お客様ニーズの変化に備える
2021年を振り返ると、新型コロナワクチンの接種率向上もあってか、アフターコロナの社会が少しずつ見えてきた一年だったと感じています。実際に、オフィスビルのお客様のなかには、従業員間のコミュニケーションを重視し、出社率をコロナ前の水準へ戻した方々がいらっしゃいました。その一方で分譲マンションにおいては、柔軟な働き方や多様なライフスタイルを実現する場としてのニーズが高まっています。このようなアフターコロナを見据えたお客様のニーズはこれからの一年間でより具体化すると考えています。
お客様の幅広いニーズに応え、当社グループも新しい取り組みを進めています。コロナ禍により生じた働き方のフレキシビリティは、今後も維持・拡大していくと考え、ビル事業においては、シェアオフィスやサービスオフィスを提供するエキスパートオフィス株式会社の子会社化や中規模オフィス事業へ参入しました。またテナント様に、ビルで実施している新型コロナウイルス感染症対策に関する満足度をおうかがいするなど、安全・安心のためのコミュニケーションを深めています。住宅事業では、働き方の変化を受け、共用部に地域開放型・運営サービス付きの本格的な「コワーキングスペース」を設置したり、各住戸内には「ウォールドア(可動間仕切り)」を設け、テレワーク等の個室利用時にアレンジ可能とするなど、いち早くお客様のニーズを具現化した取り組みの成果もあって、業績としては、一部の事業に大きく影響を受けたものの、当初に掲げた計画を達成できました。また、アフターコロナを見据え、オフィスでの知的生産性を測定し、その向上のための新たな機器や設備を設置する試みも進めました。
「人間力」を活かし獲得したお客様の信頼が次のビジネスにつながるサイクルを創り出す
お客様のニーズの変化に対応し、常にお客様満足を追求して、社会価値を提供し続け、会社が持続可能であり続けることに最も重要となるのが、従業員一人ひとりの「人間力」であると考えています。昨今、「企業が価値を創出する最大の源泉は人材である」といった言葉をよく耳にしますが、当社にとっての一番の強みは人材、正確には従業員一人ひとりの人間力であるといえます。お客様からの信頼を勝ち得ることができるのは、内発的な意欲を持って仕事に向き合い難易度の高い目標を達成しようとする従業員の姿にほかならないからです。
そうした人間力を高める一方で、私たちが社会へ価値を提供し続けるためには、企業としての成長を意識した「稼ぐ意識」を持たなくてはいけない。私は従業員に対し、こうした思いを「ゼブラでありながら、心にユニコーンの角を持ってほしい」という言葉で伝えています。共存性を重視し社会貢献と企業利益を両立する、いわゆるゼブラ企業としてのバランスは保ちつつも、ユニコーン企業の角のような、利益成長に対する意欲を忘れないでいてほしい、ということです。
私は、当社の創業の精神である「進取の精神」が、今も時代を超えて受け継がれていると思っています。最近では、東京都豊島区池袋のHareza Towerがその顕著な例といえるでしょう。オフィスのプライムエリアではない立地という一見チャレンジングな試みでありながら、先進的な環境性能を確保し、竣工時に満室となるテナント誘致を達成して完成させたことで、難易度が高くてもきちんと事業を仕上げられる従業員の力を示せたと思っています。また、「お客様第一の精神」のもと、事業でご一緒するステークホルダーの皆様や社会の皆様からの信頼を得て、当社の存在意義が認められ、次も東京建物に頼みたいと思っていただける、何か相談したいときに当社を思い出して声をかけていただける、そういう機会を繰り返し築いていく。私たちにはそうした期待・機会をしっかりと収益に結びつけていくというサイクルが重要なのであり、「人間力」と「稼ぐ力」、このどちらの意識が欠けても当社グループのビジネスは成り立たなくなってしまうと考えています。それゆえ、こうした当社グループが共有すべき人材像に基づく人材育成や採用に努め、従業員エンゲージメントの向上にも取り組んでいます。
最大限の努力を積み重ね、CO2ネットゼロを目指す
2021年において、当社グループが最も議論を尽くした分野の一つに、気候変動へ対応するための温室効果ガス排出量削減に向けた中長期目標があります。気候変動については、温暖化が人間の活動に起因することや、現状ではパリ協定の目標達成が極めて困難であることが明らかになり、もはや対策は待ったなしの状態であると認識しています。日本は2030年度の温室効果ガス削減目標として「2013年度から46%削減し、さらに50%の高みに向け挑戦を続けていく」ことを宣言しましたし、第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、産業革命前からの平均気温の上昇を1.5℃に抑える努力を追求するとの合意文書が採択されています。
当社グループもまた世界に歩を合わせるべく、2021年6月に「CO2排出量を2030年度までに40%削減(2019年度比)し、2050年度までにネットゼロを実現する」という温室効果ガス排出量削減に関する中長期目標を策定しました。気候変動という大きな課題を前に、当社グループがどこまで貢献できるのかという懸念や躊躇もありましたが、社員一人ひとり、グループ各社が同じ目標に向かい、さらには世界が一丸となって最大限の努力を重ねれば、現状より大幅な改善が図れることは間違いありません。野心的な高い目標を掲げた一方で、その実現には、一歩一歩着実な対策が求められます。社内で幾度となく議論を重ねたうえで2030年度中期目標についてSBT(Science Based Targets:科学的根拠に基づいた排出削減目標)の認定を受け、より積極的に取り組んでいくこととしました。
ESG経営の高度化へ向け、従業員主導で取り組みを具体化する
長期ビジョンの実現を支える戦略である「ESG経営の高度化」および「SDGs達成への貢献」については、2021年に新たに特定したマテリアリティとKPIに基づく取り組みを開始したところです。
環境面では、温室効果ガス排出量削減の中長期目標達成に向けたプロセス目標を定め、事業で用いる電力を100%再エネで調達することを目標に掲げる国際的なイニシアチブRE100に参加しました。ZEB・ZEHをはじめとする環境性能の高い建物の開発もより強力に進められていますし、CO2の固定化を念頭において主要構造部にCLTパネル工法を採用した木造マンションの建築にも着手しました。木造建築について当社はやや後発ではありますが、本格的な木造建築にチャレンジしてみようと、困難を承知であえて主要構造部の約85%(約700m3)に木材を利用する計画としています。従業員も気候変動への対応の重要性を改めて認識し、それぞれの事業において具体的な取り組みが自発的に進められつつあります。
社会面では、2021年5月に東京建物グループ人権方針およびサステナブル調達基準を策定しました。私たちデベロッパーは、自分たちだけで大きな事業を成し遂げることはできず、金融機関、地権者、ゼネコン、地域の方々、設計者など、周囲の方々と一緒につくりあげていくという事業特性を有しており、サプライチェーン全体で人権を尊重し、環境に配慮しながら事業を推進することは、当社グループの責務だと考えています。当社グループとしてのこうした姿勢を社外の皆様に広くお伝えする意味も込めて、2021年7月には国連グローバル・コンパクトの提唱する10原則に賛同し、支持を表明しました。現在の国際情勢下において、当社が開発事業を一時停止しているミャンマーをはじめ、これまで尊重されていた人権が突然奪われるという状況が各地で生じています。当社グループの人権への取り組みはまだ緒に就いたばかりですが、企業として、事業にかかわるあらゆるステークホルダーの人権を尊重することの重要性を強く認識し、すべての事業活動の基本として、真摯に対応を続けていきたいと考えています。
当社グループは人々の心豊かな暮らしを実現するべく、社会課題の解決と企業としての成長のより高い次元での両立を追求し、ステークホルダーの皆様からより一層の信頼を得られる企業を目指してまいります。今後とも当社グループへのご理解と一層のご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
2022年6月