ごあいさつMessage to Shareholders

株主・投資家の皆様へ

東京建物グループの強み―従業員一人ひとりの人間力

当社グループは2030年頃を見据えた長期ビジョン「次世代デベロッパーへ」を掲げ、「社会課題の解決」と「企業としての成長」のより高い次元での両立を目指しています。私は、この長期ビジョン実現のカギとなるのは、従業員一人ひとりが内発的に高い目標を達成しようとする人間力だと考えています。私は、この人間力が当社の強みであると常日頃思っていますが、象徴的なエピソードを1つ紹介させてください。かつて私が事業本部長だった頃、ある新築大型物件のテナントリーシングにおいて、メインテナント候補のお客様が内見にいらっしゃいました。別物件の内見が長引いたことで、当社の提案は夜になってしまい、物件のアピールポイントである周辺環境や眺望の良さを伝えることが難しく、私自身前向きに進む可能性は低いと思っていました。ところが、当時20代の担当者が、事前にお客様の企業文化や考え方を深くリサーチしたうえで、当社物件がいかにお客様の目指す働き方のコンセプトと合致しているかを手作りの紙芝居形式で熱意をもってプレゼンテーションしたところ、お客様の姿勢が見る見るうちに前のめりになっていきました。結果として、旗色が悪いと思われていた状況を覆して、当社オフィスにご入居いただけることとなり、当社の企業文化を象徴するエピソードとして今でも心に残っています。デベロッパーとして良いハードをつくっていくということは大前提ですが、当社はそれを超えた先、人間力の部分でも難しい案件に挑戦し、勝負をしていく会社でありたいと思っています。

また、長期ビジョンには、“すべてのステークホルダーにとっての「いい会社」を目指します”という文言を盛り込んでいますが、私としては「ステークホルダー」のなかで従業員がすべての起点であり、個々の力やチームワークが発揮されることが、ステークホルダー全体への価値提供につながっていると考えています。コロナ禍において顕在化した社内コミュニケーション上の課題にも、積極的に向き合い、「東京建物」というコミュニティをより良くしていきます。それが当社の強みである人間力を育み、競争力強化につながると確信しているからです。

 

不動産だけでなく、「場」をつくっていくデベロッパーとして

長期ビジョン「次世代デベロッパーへ」を実現するためのもう一つの重要なポイントであり、当社グループが125年超の歴史を通じて培ってきたのが、ハードとしての不動産を開発することだけではなくサービス提供等のソフトの部分も含めた「場」を形作っていくという考え方です。

当社は八重洲・日本橋・京橋(通称:八日京エリア)エリアを重点エリアとして位置付け、八重洲プロジェクト・呉服橋プロジェクト等の大規模再開発事業の推進に加えて、様々な取り組みを行っています。このエリアは今後10年で他社推進案件も含めて多くの再開発事業が計画されており、機能更新が大きく進むと同時に、古くから町人街として発展してきた歴史があり、代々続いている老舗が立ち並ぶなど、他のエリアにはない風情も併せ持っています。私たちは、こうしたまちの歴史とともに、そこに住まい、働く方々との縁を大切にしており、江戸時代から続く「山王祭」への参加や、イベントの開催、防災活動等の幅広いエリアマネジメントに携わっています。加えて、まちが新たな活力を持ち、持続的発展を遂げるためには、イノベーションが自律的に生まれるエコシステムの存在が欠かせません。マテリアリティにも「価値共創とイノベーション」を掲げており、同エリアにおける既存産業とスタートアップの交流や成長支援に積極的に取り組んでいます。

“Develop”という言葉は、土地や建物等のハード面を“開発する”という意味のほかに、ソフト面から“発展させる”“進展させる”という意味があります。長期ビジョン「次世代デベロッパーへ」には、単に建物を建てるだけではなく、場の価値と顧客体験価値をグループ全体で提供するという思いを込めており、長期的および多面的な視点から、まちの魅力やポートフォリオの価値向上を目指していきたいと考えています。

 

不透明な時代において、お客様と社会のニーズを先取りする

中期経営計画2年目となった2021年度の当社グループの業績は、駐車場事業やリゾート事業等、引き続き一部の事業においてコロナウイルス感染拡大の影響が継続しましたが、主力のビル事業・住宅事業は堅調に推移しました。海外事業について、インドネシアにおいてコロナウイルス感染拡大等の影響により一部プロジェクトで事業を中断したほか、ミャンマーにおいては「非常事態宣言」が発出されたことを受け、事業を全面的に停止した結果として、持分法による投資損失を計上しましたが、最終的には営業収益は5期連続で過去最高を更新し、親会社株主に帰属する当期純利益についても6期連続での増益となりました。困難な事業環境下においても、当社の懐の深さを示すことができたと感じています。

一方で、新規案件の取得環境は厳しく、コンスタントに案件を確保するのが難しい状況が続いています。中計期間中に寄与する案件のストックは十分に確保できている一方で、さらにその先10年後20年後の成長に貢献する案件を確保できているのか、という課題を抱えています。用地を高値で仕入れてしまうと、取得後にどんなに頑張っても事業の成否はある程度決まってしまう側面があるため、当社は入札等による価格競争を避けて、厳選投資を徹底していく方針です。引き続き再開発・建替え案件や、権利調整・合意形成等のノウハウが必要な案件に積極的に取り組み、高い収益性が期待できる案件を確保していきます。

オフィスの今後の市場環境については、昨年の統合報告書においても、私はオフィス不要論に対して「人と人とが直接顔を合わせることの重要性はなくならない」と申し上げました。今はまだ、多くの企業が今後の働き方・オフィスの戦略を完全には決めかねている状況かもしれませんが、実際に当社のテナント様の多くが、コロナウイルスが収束した後には、出社体制をコロナ前に近い状態に戻す方針であると聞いています。一方で、コロナ禍を機に働き方のフレキシビリティの重要性も広く認識されました。チームビルディングを後押しするセンターオフィスと併せて、効率的で多様な働き方を支えるサテライトオフィスやシェアオフィスといった選択肢も用意するなど、時代によって移り変わるニーズを適切に取り入れていくことが、必要不可欠と考えています。

住宅事業については、共働き比率の上昇や低金利による購買力の上昇が追い風になっています。販売進捗は順調で、販売価格も非常に高い水準にありますが、お客様のニーズに合った高いクオリティを提供できているからこそ、評価がついてきているのだと思っています。一方で、価格は上限に近づいていると感じており、今後外部環境が変化するリスクにも備え、引き続きしっかりと目利き力をもって厳選投資すると同時に、付加価値の高い商品企画を推進していく方針です。

 

環境・人権への意識なくして持続的成長はない

喫緊の社会課題である気候変動に取り組むうえで、昨年当社グループも、温室効果ガス排出量削減をはじめとした中長期目標・KPIを掲げ、SBT(Science Based Targets)認証の取得や、各種イニシアチブに参加するなどして、企業としての姿勢を明確にしてきました。具体的には、物流施設のT-LOGIシリーズにおける太陽光パネルによる発電および自己託送、ZEB・ZEHの開発、木造CLT(Cross Laminated Timber)パネル工法を採用したマンション開発等の取り組みを進めています。災害や異常気象等、身近に地球環境の危機を感じることが増え、何よりも世界中が危機感を持って取り組んでいることに対し、企業としてできる限りの対応をすることは当然です。またそれ以上に、地球そのものの存続が危ういなかで、従来通りのビジネスを続けていくことはナンセンスです。

正直に申し上げると、環境目標の議論が始まった当初、一企業に一体何ができるのだろうか、あるいはこの目標は果たして実現可能なのだろうか、と思案することもありました。役員や従業員と議論を交わすなかで、野心的な目標を意図的に設定し、達成するために必死になって挑戦を続けることに意味があるのだと捉えるようになりました。一人ひとりの力は小さくとも、全員が同じ方向を向いて努力を重ねることで、世の中が変わっていくのだと思います。事実、ZEHマンションの販売は非常に順調に進捗し、世の中の流れと当社の取り組みがマッチした好例と受け止めています。さらに駐車場事業でも、当社ではZEP(ネット・ゼロ・エネルギー・パーキング)と呼んでいますが、太陽光路面発電パネルを設置し、消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した駐車場の実証実験を行うなど、先進的な取り組みも進めています。今後こうした取り組みを加速させることで、環境目標の達成に向けて前進していきます。

加えて、社会面では、人権方針やサステナブル調達基準の策定を行いました。海外をはじめ人権や政治情勢におけるリスクには、しっかりと対応する必要があり、利益が上がっているからそれでいい、ということは一切ありません。グローバルに展開する企業は、世界中の人権問題と無縁ではいられず、この点について、常に意識したうえでビジネスを展開していくことが、現代の企業に求められた責務と受け止めています。また人材という側面においては、能力開発や健康経営の推進といったKPI・目標についても、先に述べたような内発的モチベーションで仕事に取り組む従業員を育成するうえでの必須事項として、今後さらに推進していきます。

 

ガバナンスの実効性向上に向け形式面にとどまらない体制整備を行う

当社グループの取締役会では、社外の方も含めて個々の専門性や立場に関係なく、事業の取り組みに対してストレートな意見が飛び出すなど、非常にフラットで活発な議論ができています。これは取締役会だけでなく、経営会議等についても言えることで、従業員から役員に対して率直な意見が出されることもあり、この風潮は全社で今後もぜひ継続していきたいと考えています。

その中においてCEOに求められる資質としては、専門性やスキルそのものよりも、人間性や会社全体のあり方をきちんと見通したうえでのバランス感覚、そして個々の投資案件等についての判断を適切に行える能力だと考えています。経験や先入観にとらわれるのではなく、様々な分野の知識のアップデートは適切に行いつつも、バランス感ある判断力を持つことを重視しています。そういった意味で、後継者については当社の企業風土等をよく理解し、かつ優れた人間性を持った人材を、社内で育成したうえで、指名・報酬諮問委員会等の場で全員が納得する形で選任することが最も適切だと考えています。

社会に価値を提供し続ける企業であるためにも「稼ぐ意識」を持つ

私たちが社会へ価値を提供し続けるためには、「稼ぐ意識」を持ち、利益成長を続ける企業であることが前提になると、従業員に伝えることがあります。時代の要請や社会課題に対応することで、皆様からの信頼を得て、声をかけていただき、そうした期待をしっかりと収益に結びつけるというサイクルが重要なのであり、この意識が欠けては当社グループのビジネスは成り立ちません。持続可能性を大事にする、いわゆるゼブラ企業としてのバランスは保ちつつも、ユニコーンの角のような、利益成長に対する貪欲さを忘れない、ということです。コロナ禍においても当社グループの事業が堅調を維持し、中期経営計画の目標に対しても順調に進捗しているのは、一つにはこの意識がしっかりと社内に浸透しつつある結果だと感じています。ステークホルダーの皆様には、今後も右肩上がりの成長をお示しすると同時に、世の中の役にも立っていく、そうした企業グループとしてご評価いただけるよう、取り組みを進めていきます。今後とも当社グループへのご理解と一層のご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

2022年7月
代表取締役 社長執行役員

野村 均