社長メッセージ Message to Shareholders

人間力の証となる
凡事徹底が、
「次世代デベロッパーへ」
の途を切り拓く

代表取締役 社長執行役員

野村 均

八重洲・日本橋・京橋エリアの"住民"として、100年続くまちづくりに取り組む

127年前、当社は八重洲・日本橋・京橋エリアにおいて創業し、以来このエリアの "住民"として、地域の皆様とともに歩んできました。そして、当社の旧本社ビルを含む大規模再開発である「八重洲プロジェクト」は、東京駅の正面で伝統と最新の融合を実現する超高層複合ビルとして2025年度の竣工を予定しています。私たちは、建物を建てておしまいではなく、竣工してからが本当のまちづくりであるという意識を強く持っており、今後も地域の皆様のお力をお借りして我々だけではできないことを一緒に成し遂げていきたいと考えています。また、当社のマテリアリティの一つに「国際都市東京の競争力強化」を掲げているとおり、日本の発展のためには、まず東京の競争力強化が欠かせません。八重洲・日本橋・京橋エリアは、東京で最も価値があるエリアの一つであり、当社においても複数のプロジェクトを通じて、東京の競争力強化に貢献できていることを誇りに思います。地域の皆様とのつながりを大切にして、伝統と文化を次世代に引き継ぎつつ、東京の更なる国際化に貢献する魅力的な都市基盤の整備、サービスの提供を行うことで、当社のデベロッパーとしての真価を発揮してまいります。

当たり前のことができる人間力が企業の力になる

当社がデベロッパーとして事業を継続していくうえで、欠かすことができないのが社員の人間力です。例えば「八重洲プロジェクト」では、地権者の方の数が80名以上であり、そのすべての方と合意形成に取り組むという意味では日本で最も難しい再開発案件の一つと言えます。個人の方は言うまでもなく、法人においても直接対話するのは、一個人の担当者です。いかに心から信用していただけるか、安心感を持ってお任せいただけるか、我々と一緒にやりたいと思っていただけるか――個人対個人による、時間をかけた地道な積み上げが、最後の最後に案件獲得や事業の成功となって実を結ぶと考えています。

あるいは分譲マンションにおいても、一度分譲して終わりではなく、年月を経て数多くの権利者の方、管理組合との合意形成の先に、また新たな建替えプロジェクトがあります。東京建物だったら信用できる、あの担当者と最後までやりたいといった金銭以外の要素が決め手になることは多いのです。我々デベロッパーにとっては、良質な案件をいかにコンスタントに将来にわたって確保し続けることができるかが生命線です。一つのプロジェクトの関係者の方の評価から派生し、新しい案件のお声がけをいただいた経験もあります。世の中は思っている以上に狭く、当社に対する評価が口コミのように自然発生的に広がっていく会社でありたい、この裾野をさらに広げていきたいと常に考えています。突き詰めて考えれば、企業の力というのはそうした人間力を備えた社員を何人そろえているかに行き着くのです。

また、当社は「信頼を未来へ」という企業理念を掲げており、私自身、信頼は一度傷ついてしまったら、どれほど時間をかけても元の状態には絶対戻らないと肝に銘じています。内発的に心から行動できるかどうか、というところに価値があり、お客様や地域の方々から信頼を得るためにはどうすればよいかを、社員一人ひとりが考え抜き、行動し続けることで、未来へつながる仕事や関係性ができていきます。そしてそうした意識は、日常の「挨拶ができる」「約束を守る」「相手の目を見て話す」といった当たり前のことに表れてくると思うのです。当社が求める人材像として「信頼される人」「未来を切り拓く人」を掲げているのはこのような背景があり、凡事徹底の心を決して忘れないようにしなければなりません。

こうした考え方は、当社のDNAや社風によって形成されてきた側面があるため、常に継承し強化する必要があります。近年開始した従業員エンゲージメントサーベイではコミュニケーション不足を課題として認識し、様々な施策を打ち出し、改めて当社本来の"良さ"を再定義する活動も行ってきました。最近は新卒採用に加えてキャリア採用の社員も増え、人員規模が大きくなっていますが、そうはいっても限られた人数の企業ですから、一体感を持って力を発揮していきたいと考えています。

中期経営計画の残り2年も順調な業績推移を見込む

2020年からはじまった5か年の中期経営計画(以下、中計)を振り返ると、想定外のこともありましたが、順調に推移していると認識しています。コロナウイルスの感染拡大をはじめとして、先行きが見通しづらい3年間でしたが、業績に与える負のインパクトは大きくなく、かえってプラスに利いた面もあり、当社の主力事業であるビル、住宅事業を中心として堅調に推移しました。

ビル事業は、コロナ禍の影響で一時マーケットの空室率は上昇しましたが、平時に戻る流れのなかで落ち着いていくとみています。社員の働き方を変え、リモートワーク中心に転換した企業や、オフィス面積を削減した企業も一定数あると認識していますが、私は日本においてはオフィスマーケット全体に大きな影響を及ぼすことはなく、大半の企業は出社に軸足を置いた働き方に戻ると考えています。実際に、2019年当時にオフィス需要がひっ迫していたことから、思うような立地にオフィスを構えることができなかった企業が、今がチャンスとばかりに立地改善やオフィス統合・拡充を図る動きが根強く出ています。2023年のオフィス床の大量供給等の影響により、立地でやや劣る既存ビルにおける二次空室の発生が一部で懸念されていますが、当社のオフィスポートフォリオの優位性は高く、今後竣工していく大規模再開発プロジェクトも含め、過度な心配は不要と判断しています。

住宅事業は低金利環境の恩恵や国内富裕層の増加を受けて、販売価格の上昇局面が続いており、コロナ禍を経て「住まい」への関心が高まったこともあって、マーケットは好調を維持しています。新築分譲マンションの供給戸数が限られているため、値崩れを起こしづらいことも一つの要因かもしれません。2022年度は売上計上物件の粗利益率が3割を超えるという非常に高い水準で着地することができ、2023年度売上計上予定物件においても期首時点で契約率が7割以上、2024年度予定物件は5割以上と売れ行きは順調です。当面事業環境が大きく変わることはないと想定されるなかにおいては、現中計の住宅事業の先行きに不安はありません。

中計期間における利益の成長ドライバーとして拡大してきた投資家向け物件売却については、物流施設をはじめとする多様なアセットのストックを確保するとともに、想定以上の価格での売却を実現してきました。金利の上昇に伴う売買市場の減退については、海外投資家を中心に不安視する声が上がっていることも認識していますが、日本においてはいわゆる"金余り"の状態が続いており、急激な金利上昇も予測しづらいことから、中計の目標達成に大きな影響を与えるようなことはないと思っています。

もちろん中計策定当初からの事業環境の変化により、想定よりも収益が下回っている事業がいくつかあることも事実ですが、先述のとおり主力事業と物件売却によって十分にカバーができており、中計達成の見込みがますます高まっていると認識しています。

持続的な成長に向けての議論の継続と冷静な判断

持続的な当社の成長に向けての足許の懸念事項は、建設費の上昇トレンドがどこまで続くかという点です。部材や資材の価格はやや落ち着きつつあると認識していますが、建設業において時間外労働の上限規制が適用されることなどの影響もあり人件費の高騰は続いており、このまま建設費全体が高止まりする可能性を考慮しなければなりません。「八重洲プロジェクト」や現中計期間中に売却予定の物件の大半は、着工済のため建設費上昇の影響は限定的です。また、これから仕入れる用地については、建設費が上昇した前提で収支をはじくため、適切な収益性を確保できると考えています。問題は、すでに用地を確保しており、これから建設請負契約を締結するプロジェクトの収益性をどうコントロールするかです。2025年度以降は、分譲住宅や投資家向けの売却物件において、建設費上昇の影響が一定程度発生すると同時に、その他の大規模再開発プロジェクトも本格的に着工を迎える予定です。再開発の多くは、数多くの地権者様とともに推進するため、着工タイミングをコントロールすることが難しいという側面もあります。長期ビジョンに掲げた利益成長の実現に向けて、会社全体としてどのような戦略を描いていくのか、より突っ込んだ議論を重ねていく必要があると考えています。

金利の上昇が業績へ与える影響についても注視をしています。資金調達については元々事業特性も考慮して長期かつ固定金利での借り入れを進めていることから大きな懸念はありませんが、住宅事業におけるお客様の購買意欲や不動産売買におけるキャップレートへの影響は、当社の業績に直接的にかかわります。ただ現状では、住宅のローン金利に関しては、長期で見れば低位な水準が維持されており、実需層のニーズが底堅い状況が継続しています。不動産売買においても、私の長年の経験のなかでは、仮にキャップレートの水準が理屈のうえでは上昇したとしても、競争力の高い物件における実際の売買の現場では、その水準よりもかなり低いところで取引が成立することが多くあります。情勢をしっかりと見極めつつも、これまでの経験や現場の取引状況を踏まえて、冷静な判断を行っていきたいと考えています。

サステナブル経営に向けた取り組みの徹底

不動産の事業は環境や社会への影響度が大きく、当社が存続していくためにはステークホルダーからの要請に向き合い、応えていかなければなりません。環境面での対応推進がコスト上昇につながる場面もありますが、SDGs達成への貢献を機会と捉え、お客様にどのような価値を提供し、ご評価をいただけるかが重要だと感じています。野心的な目標を意図的に設定して、その達成に向けて全員が必死になって取り組むことが重要であるという認識のもと、2021年に温室効果ガス排出量削減に関する中長期目標を設定し、各種取り組みを展開してきました。そして2023年2月には、各部門の尽力により、当初設定していた目標の達成年度前倒しや、対象物件の範囲を拡充するなど、中長期目標の達成に向けてさらに取り組みを加速しています。環境分野においては、まだ一定のボリューム感を持って当社の独自性ある取り組みを展開できているとは言い難いのですが、開発した物流施設の屋根に太陽光パネルを取り付け、自家消費するとともに余剰電力を当社の他施設に自己託送するなどの取り組みを先駆的に行っています。今後も当社に何ができるのか、何をするべきかをよく議論し、様々な分野でチャレンジしていきたいと考えています。

人権に関しては2022年4月に7つの優先課題を特定し、海外における新規事業参画時のアセスメント拡充などに着手しています。サプライチェーンにおいても、工事請負契約において当社グループのサステナブル調達基準を添付し、遵守を促すとともに、遵守状況をモニタリングするためのアンケートを実施するなど、着実に歩みを進めています。

ガバナンスについては、当社の取締役会、経営会議をはじめ、どのような会議体においても、フラットに議論ができていると感じています。社外取締役の方々からは、社内においてはある意味慣習的になっていたような事項についても、新鮮な切り口でご指摘をいただいています。不動産事業の特性上、一つの投資案件に対する金額が大きいことから、従来は取締役会における個別プロジェクトの審議時間がどうしても多くなる側面がありましたが、投資案件について執行サイドで判断できる範囲をさらに広げることで、長期ビジョンや中計、事業ポートフォリオなどの中長期的な議論を拡充し、取締役会の実効性向上を図ってきました。実効性評価のアンケートでは、企業経営経験者を増やすべき、DXの専門家が必要などの意見をいただいており、真摯に受け止めていきたいと思っています。

サステナブルな経営を支えるためには多様な人材が必要ですが、個人的な意見も含めて申し上げると、当社の場合はトップに立つ人材はやはり不動産の"業"のことがわからないと、重要な判断はできないと思います。様々な案件の可否を最終的に判断するには、経験値が絶対必要です。不動産には、ご縁といったロジカルでない部分もあるため、経験に裏打ちされた見通し力や巡り合わせを引き寄せる力も大事だと感じており、それらをつかみ取るための日頃の当たり前の行動の積み重ねが、やはり重要なのだと思います。

すべてのステークホルダーにとっての「いい会社」となるために

長期ビジョンにおいてすべてのステークホルダーにとっての「いい会社」を目指す旨を宣言していますが、現実的にはすべてのステークホルダーにとって"同時に"、"常に"ベストな会社というのは残念ながら、難しいと思っています。ですが、中長期的に企業価値が向上していくことは、すべてのステークホルダーにとっていい会社になることにつながるため、今現在のあり方だけを捉えるのではなく、長い目で成長し続けること、その蓋然性や未来にご期待を寄せていただくことで評価を得ていきたいという考え方が根幹にあります。これからも東京建物グループは、「次世代デベロッパーへ」の実現に向け、邁進していきます。今後とも当社グループへのご理解と一層のご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

2023年7月
代表取締役 社長執行役員

野村 均
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